第4章 共鳴反応 初級編
東京工業大学 片渕竜也
目次
1. はじめに
水で濡らした指でワイングラスの縁をこするときれいな音が出る。音はワイングラスが固有振動数で振動を起こした結果である。指とグラスの間の摩擦で様々な振動数の力が加えられるが、その外力のうち固有振動数のものだけが吸収され、振動の振幅が大きくなった結果、きれいな音が聞こえる。これは、共鳴(もしくは共振、どちらも英語でresonance)と呼ばれる現象の一種である。共鳴現象は、理工学分野の様々な場面で現れ、具体的例は枚挙にいとまがない。原子核反応においても共鳴現象が観測され共鳴反応として知られている。共鳴反応は、低エネルギー中性子の反応を理解する上で非常に重要な概念である。本章では共鳴反応のメカニズム、共鳴公式、共鳴の測定方法などについて解説する。2. 共鳴の発見
1934年、イタリアのFermiのグループは中性子を用いた人工放射能の生成実験を行った文献1。その年のはじめにIrene CurieとFrederic Joliotは人工放射能の生成に成功した。彼らはアルファ線をアルミ箔に当てると放射性のリン(30P)が生成することを発見した。そこでFermiはアルファ線の代わりに中性子を当てればもっとたくさんの放射化が起きるのではないかと考えた注1。中性子は、アルファ粒子と違い原子核のクーロン反発力を受けないので簡単に原子核の中に入っていけるはずである。このFermiの予想は的中した。226Ra-Be中性子源を準備し、片っ端にいろいろな元素に中性子を当ててガイガー計数管で放射能を調べると多くの元素が放射化していることが分かった。結果として40種類以上の元素についての生成放射能データを取得し発表した。これは核データ測定のはしりと言っていい。彼らは実験を行ううちにさらに重要なことに気づいた。試料の周りに水素を含む物質を置くと生成される放射能が大きくなることが分かった。これは中性子が水素と衝突するによりエネルギーを失う「減速」効果の発見である。そして、多くの元素で中性子のエネルギーが低くなると放射化断面積が大きくなることが分かった。
さらにいくつかの元素は完全に減速させるのではなく、中途半端に減速させた場合に放射能が大きくなることが分かった。これはある特定のエネルギー帯で放射化断面積が極大値を持つことを意味する。この実験結果から、BohrそれからBreitとWignerは独立に「共鳴」という概念を提唱した。当時は、まだ原子炉も加速器中性子源もない時代である。素朴な実験の結果からヒントを得て現在まで通用する理論を提唱した理論家の洞察力は敬服に値する。
3. 共鳴と複合核
では、共鳴の具体的な例を見てみよう。例として図1に238Uの中性子全断面積の測定例を示す。横軸は入射中性子エネルギーである。特定の中性子エネルギーの狭いエネルギー範囲で断面積が何桁も大きくなっていることが分かる(縦軸は対数表示であることに注意)。この断面積の鋭いピークが共鳴である。
図1 238Uの共鳴(JENDL-4.0)
ここで図2の共鳴幅0.3eVを
以上のことから、Bohrは複合核模型を提唱した。複合核模型は次の2段階で起きるとする。
- (複合核の形成)入射粒子は標的核と一体となって複合核(compound nucleus)と呼ばれる中間状態を形成する。入射粒子の持ち込んだエネルギーは全ての核子に分配される(熱平衡状態)。
- (複合核の崩壊)複合核は最終生成物に崩壊する。複合核の寿命は長いのでどのように形成されたのか複合核は覚えていない。そのため崩壊の仕方(崩壊率)は形成過程に依存しない。
4. 共鳴と量子力学
第3章で述べたように散乱断面積を求めるには原子核の内側と外側の波動関数を考え、ポテンシャル表面での波動関数の接続条件から位相のずれを計算し断面積を求める。しかし、実際には正確な内部波動関数を求めることは困難である。なぜなら、原子核中の核子の波動関数の導出は、単純な一体ポテンシャル中の一粒子の波動関数を求めるようなものではなく、複雑な多体問題となり簡単には求められないからである。そこで原子核の内部波動関数の詳細を知らなくても議論できる道具立てが必要になる。内部波動関数
以下、簡単のために軌道角運動量がゼロ(
(
それぞれの項の物理的意味について見ていこう。まず、第1項を無視して第2項のみで断面積を考えてみよう。つまり、
実際には、式(4.11)にあるように第1項が絶対値の中に含まれている。第1項は共鳴ではなくポテンシャル散乱によるものである。つまり、ポテンシャル散乱と共鳴散乱の間で干渉が生じる。式(4.11)の
共鳴点から十分離れると第2項は小さくなり無視できるので断面積には第1項のみが寄与する。つまり、
(
散乱断面積についても式(4.9)に式(4.23)を代入すると注6
(部分幅
そもそも
時間に依存するシュレーディンガー方程式からエネルギー固有値
エネルギーが実数であれば、粒子の確率分布を計算すると
一方、エネルギーとして式(4.31)で与えられる複素数を代入してやると
しかし、粒子数が減少するとはどういうことなのだろうか。それには元の波動関数が何を扱っているのかを考えてみると分かる。出発点となっている方程式は中性子と標的原子核の波動関数についてのものである。反応を起こすと系は異なる粒子の組み合わせ(チャンネル)に変わる、すなわち弾性散乱チャンネルから消える。したがって、式(4.36)は共鳴を起こした複合核状態から弾性散乱以外のチャンネルに遷移して消えていくことを意味している。つまり、
5. 複合核模型と共鳴公式
上で求めたBreit-Wignerの一準位公式の中に複合核模型の仮定がどのように現れているのか見てみよう。まず、式(4.30)を一般の場合に拡張する。弾性散乱以外に反応
このとき、反応
式(4.38)を変形すると
既に述べたように複合核模型は次の2段階で原子核反応が起こると仮定している。
- (複合核の形成)入射粒子は標的核と一緒になって複合核という準安定な中間状態をつくる。
- (複合核の崩壊)複合核は最終的な生成物へ崩壊する。
実際、式(4.39)はこの形になっている。部分幅は、上記で述べたように複合核から各反応チャンネルへの遷移強度を表す。式中の
一方、式(4.39)の残りの部分は複合核形成断面積である。つまり、複合核形成断面積を
6. 中性子核データと共鳴
中性子核データでは、弾性散乱、中性子捕獲反応、核分裂反応が特に重要である。それらに対する部分幅をここで注意すべきは、Breit-Wignerの一準位公式は、共鳴断面積のエネルギー依存性を共鳴パラメータにより表現するための公式に過ぎず、共鳴を予言するものではないことである。現在の原子核物理では個々の共鳴のエネルギーや幅を純粋理論的に求めることは不可能である。中重核の中性子束縛エネルギーは、7 MeV程度なので標的核が低エネルギー中性子を吸収して複合核になると、その励起エネルギーは7 MeV程度になる。中性子束縛エネルギーよりも高い励起エネルギーに複合核の準安定状態が存在すると共鳴反応が起きる。共鳴を起こす準位は中性子束縛エネルギーの上、meV
したがって、現在のところ、共鳴パラメータは実験により測定する以外に方法はない。核データライブラリに格納されている共鳴パラメータは、測定により観測した共鳴ピークに対し共鳴公式を適用し決定したものである。次の節で共鳴の測定について解説する。
7. 共鳴の測定
共鳴を観測するには断面積を中性子エネルギーの関数として高分解で測定する必要がある。それには通常、飛行時間法が用いられる。飛行時間法は、中性子源から試料までの距離を中性子が飛行する時間を計測し、飛行時間から中性子のエネルギーを算出する方法である。
図10 中性子飛行時間法
図9にあるように飛行距離を飛行時間法を用いた断面積測定は大きく分けて二通りある。ひとつは、試料で起きる中性子核反応からの放出粒子を直接測定する方法である。例えば、中性子捕獲反応であれば、試料からの中性子捕獲ガンマ線をガンマ線検出器で検出する。核分裂反応であればを試料で起きる核分裂反応からの核分裂片を核分裂計数管などで検出する。図11に例として捕獲ガンマ線を計測する場合の実験セットアップを示す。検出した事象を飛行時間についてヒストグラムとすることで飛行時間スペクトルが得られる。断面積の共鳴構造は飛行時間スペクトルに反映される。共鳴エネルギーに相当する飛行時間で検出器の係数が鋭く上昇する。飛行時間は式(4.51)を用いてエネルギーに変換できる。
もう一つは試料を透過してくる中性子を検出する方法である。この方法では試料を透過してきた中性子の数を計測する。図12に透過測定の実験セットアップを示す。試料中で中性子が散乱や反応を起こすと直進する中性子の数が減る。したがって、共鳴が存在する飛行時間で中性子の数が鋭く減少する。つまり、反応を直接計測する場合の飛行時間スペクトルを逆さまにしたような結果が得られる。中性子の透過率を
図13 241Amの中性子捕獲断面積の測定値(黒点)と共鳴解析の結果(赤線)(日本原子力研究開発機構 Gerard Rovira氏提供)
注釈
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チャドウィックによって中性子が発見されたのが、1932年である。チャドウィックによる中性子発見後、フェルミがかなり早い段階でこの実験を考えていたことが分かる。中性子はジョリオとキュリーが最初に観測していたが、ガンマ線と誤認したため発見者としての栄誉を逃した。チャドウィックがより洗練された実験を行い、中性子という新たな粒子の発見者となった。中性子の発見者としてノーベル賞をもらえなかったジョリオとキュリーは、その後、最初の人工放射能の生成を行い晴れてノーベル賞を受賞する。この後、ジョリオとキュリーの実験に触発されたフェルミが中性子を用いて放射能の生成実験を行い、さらにフェルミの実験に触発されたハーン等がウランに中性子を当てて核分裂を発見するという、当時の原子核物理がいかにお互い影響し合いながら急速に進んでいたかが分かる。
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式変形を以下に示す。
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参考文献
- D. W. Miller et al., Physical Review 88, 83 (1952).
- H. H. Barschall, Physical Review 86, 431 (1952).
- H. Feshbach and V. F. Weisskopf, Physical Review 76, 1550 (1949).
- H. Feshbach, C. E. Porter and V. F. Weisskopf, Physical Review 96, 448 (1954).
- R. L. Varner et al., Physics Reports 201, 57 (1991).
- A. J. Koning and J. P. Delaroche, Nuclear Physics A 713, 231 (2003).
- S. Kunieda et al, Journal of Nuclear Science and Technology 44, 838 (2007).