第7章 統計模型 初級編
東京科学大学 片渕竜也
目次
- はじめに
- 統計模型の理論的枠組み
- 原子核の励起準位と一粒子エネルギー準位
- フェルミガス模型
- 定温度模型
- 角運動量を考慮した準位密度
- 2つの準位密度関数の接続
- 準位密度パラメーターの系統性
- 統計模型計算を行う核反応計算コード
1. はじめに
本章では、入射中性子エネルギーの広がりに比べて共鳴間隔が狭くなり、もはや個々の共鳴が区別できないような状況を扱う。そこでは、Breit-Wignerの一準位公式に代表される共鳴公式はもはや適用できない。このような状況で有効な核反応モデルが統計模型である。多数の共鳴が重なり合った結果、個々の共鳴の個性は打ち消し合い、共鳴準位の平均的な物理量だけで反応を記述することが可能になる。第4章の共鳴反応で述べたように、共鳴1本1本の共鳴エネルギーや共鳴幅を十分な精度で理論的に予測することはできない。したがって、分離共鳴領域の断面積は測定に依存せざるを得ない。しかし、多数の共鳴が重なり合う状況になると、むしろ理論的な予測が可能になる。それは多数の共鳴の平均量のみが断面積に寄与するからである。まさに統計物理学的手法である。統計物理学においては、個々の分子や原子の運動は予測できないが、その平均物理量である温度や圧力は予測することができる。それと同様のことが複合核経由の原子核反応についても可能になるのである。統計模型は、HauserとFeshbachにより定式化されたことからHauser-Feshbachの理論とも呼ばれる文献1。本章では、統計模型の理論的枠組みについて述べた後、準位密度関数について詳しく解説した。最後に、現在使用されている統計模型計算コードについても紹介する。2. 統計模型の理論的枠組み

図1 共鳴反応と複合核の励起準位
- 入射粒子は標的核と一体となり、複合核という中間状態をつくる。その中で、エネルギーや角運動量は全ての核子に分配される。
- その後、複合核は最終的な生成物へ崩壊する。その際、複合核の寿命は十分に長いため、複合核がどのように形成されたか忘れてしまう。したがって、崩壊の仕方はその形成過程に依存しない(ただし、エネルギー、角運動量、パリティは保存しなくてはならない)。
\begin{align} &\sigma_a = \frac{\pi}{k^2} \frac{\Gamma_{sc}\Gamma_a}{(E- E_r)^2 + \left(\frac{\Gamma}{2}\right)^2} \tag{7.1}\\ &ここで \:\Gamma = \Gamma_{sc} + \Gamma_a + \Gamma_b + \Gamma_c \cdots \end{align} さらに式(7.1)を変形すると
\begin{align} &\sigma_a = \frac{\pi}{k^2} \frac{\Gamma_{sc}\Gamma}{(E- E_r)^2 + \left(\frac{\Gamma}{2}\right)^2} \times \frac{\Gamma_a}{\Gamma} \tag{7.2}\\ \end{align} となる。第一因子が複合核形成断面積を表し、第2因子が複合核の反応チャンネル\(a\)への崩壊確率を表し、以下のような二つの因子の積の形となる。これは、複合核反応過程が複合核の形成と崩壊という2段階過程であることが式の形で表されたものである。
\begin{align} \sigma_a = (複合核形成断面積) \times (チャンネルaへの複合核崩壊確率) \tag{4.40} \end{align} 複合核形成断面積を\(\sigma_c\)とすると
\begin{align} &\sigma_c = \frac{\pi}{k^2} \frac{\Gamma_{sc}\Gamma}{(E- E_r)^2 + \left(\frac{\Gamma}{2}\right)^2} \tag{7.3}\\ \end{align} であり、共鳴エネルギー\(E_r\)において複合核形成断面積が極大値を持つような関数形となっている。1本1本の共鳴が分離して観測されるような場合に妥当な関数形である

図2 複合核の励起エネルギーと準位の重なり合い
(複合核形成断面積の計算)では、次に\(\sigma_c\)をどうやって計算するかを考えよう。中性子が原子核内に入ったら全て吸収されるような場合、\(\sigma_c\)は
\begin{align} &\sigma_c = \frac{\pi}{k^2} \tag{7.4}\\ \end{align} となる注2。しかし、原子核内に入った中性子が必ず全て吸収されるわけではないので、ここで透過係数\(T\)を導入し式(7.4)を以下のように書き直す注3。
\begin{align} &\sigma_c = \frac{\pi}{k^2}T \tag{7.5}\\ \end{align} 透過係数\(T\)は、「原子核に中性子が入射して複合核を形成する確率」として定義される。中性子が完全に吸収されるのであれば、\(T\)は1であり、全く吸収されないのであれば0である。
さて、透過係数\(T\)を導入したものの、この\(T\)をどうやって求めるかが問題である。ここで\(T\)の計算に光学ポテンシャルを用いる。5章で解説したように光学ポテンシャルとは、入射粒子と原子核の反応断面積のエネルギー依存性の大まかな構造を表すために導入されたものである。弾性散乱ポテンシャルに虚数項を加えることで散乱だけではなく原子核内での入射粒子の吸収の取り扱いを可能にした。では、なぜ、光学ポテンシャルが複合核の形成に関係してくるのであろうか。光学ポテンシャルでの吸収とはポテンシャル弾性散乱以外の反応が起こることを意味する。原子核反応の大部分は複合核を経由する反応である。したがって、光学ポテンシャルでの「吸収」とは複合核の形成そのものであると見なすことができる。さらに光学ポテンシャルが入射粒子のエネルギー広がりでならした断面積の平均的なふるまいを記述するものであるのと同様に、式(7.5)の透過係数もまた複合核の多数の共鳴準位で平均化した量である。つまり、エネルギーの平均化という点でも光学ポテンシャルと透過係数は共通の物理現象を扱っていると言える。
光学ポテンシャルから透過係数を求めるには4章「散乱理論」で示した以下の式(3.94)を用いればよい。
\begin{align} \sigma_r &= \frac{\pi}{k^2} \sum_{l=0}^{\infty} (2l+1) (1-|S_l|^2) \tag{3.94} \end{align} この式の意味するところは、各部分波のポテンシャルによる弾性散乱の外向き球面波の振幅\(S_l\)の絶対値の2乗の減少分が反応断面積に相当するということである。光学ポテンシャルの下での散乱問題を解き、\(S_l\)を求めてやれば、光学ポテンシャル内での入射粒子の吸収断面積\(\sigma_r\)が求まる。前述したように光学ポテンシャル内での吸収は複合核の形成と考えてよいので\(\sigma_r = \sigma_c\)である。
ところでここでの議論は\(s\)波(\(l=0\))の場合に限定しているので
\begin{align} \sigma_c &= \frac{\pi}{k^2} (1-|S_0|^2) \tag{7.6} \end{align} となる。式(7.5)と式(7.6)を比較すると
\begin{align} T &= 1-|S|^2 \tag{7.7} \end{align} であることが分かる(\(S_0\)の添字は省略した)。すなわち光学ポテンシャルから外向き球面波の振幅\(S\)を求め、その絶対値の2乗を1から引いてやれば透過係数\(T\)を計算することができる。
ちなみに軌道角運動量を\(l\)のときの透過係数\(T_l\)と振幅\(S_l\)の関係も同様に
\begin{align} T_l &= 1-|S_l|^2 \tag{7.8} \end{align} である。ただし、部分波の和を取る際に式(3.94)にあるように\(2l+1\)を乗ずる必要がある。
(崩壊確率の計算)次に、複合核状態から出口チャンネルへと崩壊する確率を計算する。この崩壊確率も、透過係数を用いて求めることができる。なぜなら、「2つの粒子が複合核を形成する過程」と「複合核が崩壊して2つの粒子に分かれる過程」は互いに逆過程の関係にあり、時間反転不変性(微視的可逆性)が成り立つからである。したがって、あるチャンネルへと崩壊する確率は、そのチャンネルから複合核を形成する際の透過係数に比例する。つまり、複合核が粒子\(a\)と核\(A\)からなるチャンネルへ崩壊する確率を考えると、これはそのチャンネルの透過係数 \(T_a\) に比例することになる。

図3 透過係数と複合核の崩壊
\begin{align} P_a &= \frac{T_a}{T_a + T_b + T_c + \cdots}\\ &= \frac{T_a}{\sum\limits_{i} T_i} \tag{7.9} \end{align} である。
したがって、式(7.5)の複合核形成断面積と式(7.8)の崩壊確率を組み合わせると式(4.40)の複合核反応断面積は以下のように書ける。
\begin{align} \sigma_a &= \sigma_c P_a \\ &= \frac{\pi}{k^2} \frac{T_{\rm{in}} T_a}{\sum\limits_i T_i} \tag{7.10} \end{align} ここで入口チャンネルの透過係数(式(7.5)の\(T\))は\(T_{\rm{in}}\)とした。
(準位密度) 複合核は、残留核の基底状態だけではなく励起状態(励起準位)にも崩壊することができる。崩壊後の残留核が同じであっても、崩壊先の励起準位が異なれば、出口チャンネルとしては別々に扱う必要がある。したがって、式(7.9)の分母にある出口チャンネルの総和には、これら励起準位への崩壊も加えなくてはならない。この場合にも、崩壊確率の計算には透過係数を用いる。これにより、式(7.10)の分母は以下のように書き直される。 \begin{align} \sum\limits_i T_i \rightarrow \sum\limits_i \sum\limits_j T_{ij}(E_j) \tag{7.11} \end{align} ここで、\(i\) は反応チャンネル(中性子放出やアルファ粒子放出など)を、\(j\) は各チャンネルにおける残留核の\(j\)番目の準位を表す。また\(E_j\)は、残留核が\(j\)番目の準位に遷移した場合の放出粒子の運動エネルギーである。したがって、\(T_{ij}\)は、反応チャンネル\(i\)の残留核が\(j\)番目の励起状態にある場合の透過係数となる。これは、放出粒子と\(j\)番目の準位に励起された残留核が複合核を形成する際の透過係数であり、光学ポテンシャルから計算される。
本節の冒頭で述べたように、原子核の励起エネルギーが高くなると多数の準位同士が重なり合い、準位を「離散的」とは見なせなくなる(図4)。残留核の場合も同様であり、励起エネルギーが高い領域では、連続的な準位密度関数を導入するのが便利である。そこで、次に準位密度の定義を行い、式(7.10)を準位密度関数を用いた形へと書き直そう。

図4 複合核の残留核の励起準位への崩壊
まず、反応チャンネル\(a\)の残留核の励起エネルギーを\(E_{a}\)、入り口チャンネルの運動エネルギーを\(E_{\rm{in}}\)注4、出口チャンネルの運動エネルギーを\(E_{\rm{out}}\)、反応のQ値を\(Q\)とすると、エネルギー保存の法則より\begin{align} E_{\rm{in}} + Q = E_{\rm{out}} + E_{a} \tag{7.12} \end{align} である。ただし、放出粒子の励起状態はないものとした。
励起エネルギー\(E\)のときの準位密度を\(\rho(E)\)とすると、入射中性子のエネルギーばらつき\(\Delta E\)の中に含まれる励起準位の数\(n\)は、 \begin{align} n = &\rho(E) \Delta E \tag{7.13} \end{align} である。
また、\(\Delta E\)を準位数\(n\)で割ると平均準位間隔\(D\)となり、これは上式から準位密度\(\rho\)の逆数に等しい。 \begin{align} D = \frac{\Delta E}{n} = \frac{1}{\rho} \tag{7.14} \end{align} ちなみに\(\rho(E)\)を\(0\)から\(E\)まで積分すると励起エネルギー\(E\)までに存在する準位の総数\(N(E\)になる。すなわち
\begin{align} N(E) = \int^{E}_0 \rho(E') dE' \tag{7.15} \end{align} である。また、定義上\(N(E)\)をエネルギー微分すれば、当然ながら\(\rho(E)\)が得られる。
\begin{align} \rho(E) = \frac{d N(E)}{dE} \tag{7.16} \end{align} 準位密度\(\rho(E)\)を使うと式(7.10)の\(j\)に関する和は\(E\)についての積分になる。すなわち
\begin{align} \sum\limits_i \sum\limits_j T_{ij}(E_j) \rightarrow \sum\limits_i \int_0^{E_{\rm{in}}+Q_i} T_{i}(E_{\rm{in}}+Q_i-E) \rho_i (E) dE \tag{7.17} \end{align} となる。ここで\(\rho_i(E)\)は反応チャンネル\(i\)の残留核の励起エネルギー\(E\)のときの準位密度、\(Q_i\)は反応チャネル\(i\)のQ値である。
式(7.20)を用いて、式(7.10)を書き直すと
\begin{align} \sigma_a(E_{\rm{out}}) \Delta E_\rm{out} & = \frac{\pi}{k^2} \frac{T_{\rm{in}}(E_{\rm{in}}) T_a(E_{\rm{out}}) \rho_a (E_a) \Delta E_\rm{out}}{\sum\limits_i \int_0^{E_{\rm{in}}+Q_i} T_{i}(E_{\rm{in}}+Q_i-E) \rho_i (E) dE} \tag{7.18}\\ ここで& E_{\rm{in}} + Q_a = E_{\rm{out}} + E_a \end{align} となる。これは出口チャンネル\(a\)において放出粒子が運動エネルギー\(E_{\rm{out}}\)、幅\(\Delta E_{\rm{out}}\)で放出される複合核反応断面積を意味する。式(7.18)が示しているのは、複合核が崩壊する先の準位密度が高いほど(すなわち統計的な「場合の数」が多いほど)、その反応がより高い確率で起こるということである。
以上の議論では、簡単のためにエネルギー保存則のみを考慮したが、実際には角運動量とパリティの保存則も満たす必要がある。したがって、式(7.18)はもう少し複雑な形になる注5。詳細は、より進んだ専門書を参考にされたい文献3。また、河野氏が核データニュースに寄稿された統計模型についての解説も以下の準位密度に関する内容も含んでおり大変参考になる文献4, 5。是非一読されたい。
3. 原子核の励起準位と一粒子エネルギー準位

図5 殻模型を用いて計算された
208Pbの一粒子エネルギー準位
(埼玉大学 江幡修一郎氏 提供)
準位密度を求める理論モデルとして熱統計力学的な手法が広く用いられている。本章では、以下、統計力学的な考察に基づき準位密度の導出を行う。
まず、準位密度の理論モデルを議論する前にここで扱う原子核の準位の意味について誤解のないように整理しておこう。図5に殻模型(shell model)で計算された一粒子エネルギー準位(single-particle level)を示す。208Pbを仮定して計算された中性子の一粒子準位である。右側の1p3/2のような記号は、準位の量子数である。最初の数字が波動関数の動径方向を決める主量子数、2番目のアルファベットが軌道角運動量注6、3番目の下付き数字が軌道角運動量と核子スピンを合成した角運動量注7である。
一粒子準位は、独立粒子模型(independent particle model)という考え方に基づいている。独立粒子模型は、原子核内の核子の運動を一体ポテンシャル中の運動として記述する。陽子や中性子が他の核子から受ける核力は平均的な一体ポテンシャルとして現れ、核子はこの平均ポテンシャル中を他の核子がまるで存在しないかのように独立に運動する。原子核という高密度の系に対してこの描像は一見不自然に感じるが、多くの観測事実を説明する。
ここで初学者がしばしば陥る勘違いがあるので強調しておく。図5のような一粒子エネルギー準位と原子核の励起準位を混同してはならない。一粒子エネルギー準位とはあくまで、ある平均一体ポテンシャルが与えられたときに1個の核子が取りうる状態を指す。原子核内には多数の核子が存在する。それら核子は図5で示されるような一粒子準位を占有する。例えば、208Pbの場合であれば82個の陽子と126個の中性子が一粒子準位を占有する。パウリの排他原理があるためにそれぞれの準位に入れる中性子と陽子の数は限られている。一粒子準位に下から順番に陽子と中性子を詰めていくと原子核の基底状態が出来上がる。図6(a)に基底状態を模式的に示す。図では模式的に一つの準位にスピンを考慮して2個の核子が入れるとしている。また、ポテンシャルの形状も表した。中性子は井戸型ポテンシャルだが、陽子はクーロン斥力も受けるため核の外側に\(1/r\)のポテンシャルを持ち、核内ではクーロン斥力分だけ結合が弱くなるのでポテンシャルの底が少し浅くなっている。陽子と中性子はそれぞれの平均ポテンシャルにより与えられる一粒子準位を占有する。

図6 一粒子準位モデルにより表した原子
核の状態 (a) 基底状態 (b) 励起状態

図7 単純化された一粒子準位モデル (a) 基底状態 (b) 励起
状態 (c) 同じ励起状態を1粒子-1空孔状態として表した場合
まず、ある詰め方(配位)を与えられたときにその励起エネルギーを計算する必要がある。例えば、図7(b)のような状態を作るには、下から3つ目の核子を5段上の準位に上げる必要があるため5 MeVのエネルギーが必要である。したがって、励起エネルギー\(E_x\)は、5MeVである。
この例では一つの核子が励起されているだけなので計算は簡単だが、複数の核子が励起される複雑な配位になると励起エネルギーの計算が少々ややこしくなる。そこで、空孔(hole)という概念を導入すると励起エネルギーの計算が簡単になる。図7(b)の核子が励起されて空いた一粒子準位は、一種の粒子のように見なすことができる。これを空孔と呼ぶ。また、この例では、励起により1個の核子(粒子)と空孔が生じていることから、1粒子-1空孔状態(one-particle-one-hole state, \(1p-1h\) state)と呼ぶ。空孔は、占有している準位で負のエネルギーを持つと見なすことができるので、粒子と空孔の占める準位のエネルギーを\(E_p, E_h\)とすると励起エネルギー\(E_x\)は次のように書くことができる。

図8 励起エネルギーが与えられたときの核子の配位の組み合わせ
さらに粒子と空孔の個数が異なる一般の場合に拡張すると
\begin{align} E_x = \sum^n_{i=1} E_p(i) - \sum^m_{i=1} E_h(i) \tag{7.21} \end{align} となる。ここで空孔の数を\(m\)とした。
すなわち、原子核の励起エネルギーを計算するには式(7.21)に従い、全ての粒子と空孔の一粒子準位エネルギーを足し合わせればよい(ただし、空孔は符号を逆にする)。
逆にある励起エネルギーが与えられたときにその状態数を計算するには、粒子と空孔へのエネルギーの分配の仕方を数え上げればよい。すなわち組み合わせの数の問題となる。例として図8に励起エネルギーが、1, 2, 3, 4MeVの場合に取りうる配位を示す。励起エネルギーとともに可能な配位数(状態数)が増加することが分かる。この例では、ひとつの準位に入れる粒子数を1個としているために状態数の増加は緩やかだが、実際の場合には複数粒子が一つのエネルギー準位を占有できるので注8、取りうる状態数の増加はもっと急になる。
4. フェルミガス模型
上記の議論で原子核の準位密度が励起エネルギーとともに増加する理由が定性的に分かった。しかし、使用したモデルは、現実の原子核に適用するにはあまりに単純化しすぎている。そこで、原子核の準位密度の計算によく用いられるフェルミガス模型を導入する。フェルミガス模型は、理想気体の量子力学版と考えると分かりやすい。一辺\(L\)の立方体の中に自由粒子が閉じ込められているとする。粒子同士は全く相互作用せず独立に運動する。自由粒子なのでその波動関数はド・ブロイ波である。\(x\)方向に運動量\(p\)を持つド・ブロイ波の波動関数\(\psi\)は、

図9 フェルミガス模型の境界条件
\begin{align} p = \frac{h}{\lambda} \tag{7.23} \end{align} 波数\(k = 2\pi/\lambda\)を用いると式()は
\begin{align} \psi(x) = \exp\left(i k x\right) \tag{7.24} \end{align} となる。
今、この自由粒子が長さ\(L\)の領域に閉じ込められているとする。ただし、閉じ込めると言っても第1章で示したような無限の井戸型ポテンシャルのような壁で閉じ込めると波動関数は自由粒子ではなくなってしまう。そこで、境界条件にちょっとした工夫を凝らす。
図9のように粒子がx軸上を\(0\)から\(L\)の領域を運動しているとする。このとき、右方向に飛んでいき右端(\(x=L\))に到達した粒子は左側(\(x=0\))に現れるとする。つまり、右端と左端をつないでしまう。いささか強引なやり方であるが、こうすることで粒子を\(0\)から\(L\)の領域に閉じ込めることができる。このとき、波動関数は次の条件を満たさなくてはならない。

図10 フェルミガス模型の一粒子準位
条件(7.25)を式(7.24)に適用すると
\begin{align} \psi(x+L) &= \exp\left[i k(x+L)\right] \\ &= \exp\left(i k x + i k L \right) \tag{7.26} \end{align} となり、\(k\)は次の式を満たさなくてはならない。
\begin{align} &kL = 2n\pi\\ &\therefore k = \frac{2n\pi}{L} \tag{7.27} \end{align} ここで\(n\)は整数(\(\ldots -2, -1, 0, 1, 2, \ldots \))である。すなわち波数\(k\)は、とびとびの値しか許されない。\(k\)が\(2\pi/L\)増えるごとに状態が一つ増える。\(k\)とエネルギー\(E\)の関係は
\begin{align} k=\frac{p}{\hbar} = \frac{\sqrt{2mE}}{\hbar} \tag{7.28} \end{align} である。したがって、エネルギーが\(0\)から\(E\)までの間に存在する状態の数\(N\)は式(7.27)の\(k\)を\(2\pi/L\)で割ったものとなる。すなわち
\begin{align} N = \frac{L\sqrt{2mE}}{2\pi\hbar} \tag{7.29} \end{align} である。
さらに式(7.24)の波動関数を3次元に拡張すると次のようになる。
\begin{align} &\psi(x, y, z) = \exp\left[i (k_x x + k_y y + k_z z)\right] \tag{7.30}\\ &k_x = \frac{2n\pi}{L}, k_y = \frac{2m\pi}{L}, k_z = \frac{2l\pi}{L} \end{align} ここで、\(n, m, l\)は整数である。
波数ベクトルは、\(\boldsymbol{k}=(k_x, k_y, k_z)\)であり、各成分の2乗和は\(\boldsymbol{k}\)の絶対値の2乗となる。
\begin{align} k^2 &= k_x^2 + k_y^2 + k_z^2 \tag{7.31} \end{align} 式(7.28)からエネルギー\(E\)を用いて以下のように書くことができる。
\begin{align} k^2 &= k_x^2 + k_y^2 + k_z^2 = \frac{2mE}{\hbar^2} \tag{7.32} \end{align} 式(7.29)の議論と同様に3次元の場合での状態数を計算してみよう。計算は波数空間で考えると簡単になる。粒子の状態は3つの波数成分\(k_x, k_y, k_z\)の組み合わせで指定される。粒子のエネルギーが\(E\)とすると波数成分\(k_x, k_y, k_z\)は式(7.32)を満たさなくてはならない。つまり、波数の各成分を軸とする波数空間を考えたとき\(k_x, k_y, k_z\)は半径\(k=\frac{2mE}{\hbar^2}\)の球面上に存在する。また、エネルギーが\(E\)より小さい状態は球の内部に存在する。1次元の場合には波数が\(2\pi/L\)ごとに状態が一つ増えるが、3次元の場合にはその3乗つまり体積\((2\pi/L)^3\)につき一つの状態が存在する。したがって、波数空間内の球の体積を体積\((2\pi/L)^3\)で割ったものが状態数の総和となる。計算すると
\begin{align} N &= \frac{4}{3} \pi k^3 \frac{L^3}{(2\pi)^3}\\ &= \frac{4}{3} \pi \frac{L^3}{(2\pi)^3} \left(\frac{2mE}{\hbar^2}\right)^{\frac{3}{2}}\\ &=\frac{\sqrt{2} }{3\pi^2 \hbar^3}m^{3/2} L^3 E^{3/2}\\ &=\frac{\sqrt{2} }{3\pi^2 \hbar^3}m^{3/2} V E^{3/2} \tag{7.33}\\ \end{align} となる。ここで箱の体積\(L^3\)を\(V\)とおいた。
逆に式(7.33)を\(E\)について書き直すと
\begin{align} E &=\left(\frac{9\pi^4}{2}\right)^{1/3}\frac{\hbar^2}{m}\left(\frac{N}{V}\right)^{2/3} \tag{7.34}\\ \end{align} となる。これは\(N\)番目の状態のエネルギーを表す。Vを原子核の体積として計算したエネルギー準位を図10(a)に示す。原子核半径と質量数の関係\(R=r_0 A^{1/3}\)から原子核体積\(\frac{4\pi}{3}R^3\)を計算した。式(7.34)に代入すると
\begin{align} E &=\left(\frac{9\pi^4}{2}\right)^{1/3}\frac{\hbar^2}{m} N^{2/3} \left(\frac{4\pi}{3}\right)^{-2/3}R^{-2} \\ &=\left(\frac{81}{32}\right)^{1/3}\pi^{2/3}\frac{\hbar^2}{m r_0^2} \left(\frac{N}{A}\right)^{2/3} \tag{7.35}\\ \end{align} となる。図10(a)は\(A=50, r_0=1.2\)としたときのフェルミガス模型の準位である。
さて、ここまでの議論はあくまでフェルミガス模型の与える1粒子準位についてであった。原子核の状態を考えるには、この一粒子準位に核子を詰めなくてはならない。一番低い状態から順に空きがないように詰めていくと基底状態ができる。
今、\(n\)個の中性子を詰めていく場合を考えよう。このとき、中性子のスピンを考慮すると一つのエネルギー準位に2個の中性子を入れることができる。したがって、下から\(n/2\)番目のエネルギー準位まで充填されることになる(図10(b))。粒子が占める一番高いエネルギー準位をフェルミ準位、そのエネルギーをフェルミエネルギーと呼び、図中ではフェルミエネルギーを\(E_f\)として示している。\(E_f\)は式(7.35)で\(N=n/2\)とすると計算できる。代入すると
\begin{align} E_f &=\left(\frac{81}{32}\right)^{1/3}\pi^{2/3}\frac{\hbar^2}{m r_0^2} \left(\frac{n}{2A}\right)^{2/3} \tag{7.36}\\ \end{align} となる。中性子数が質量数の半分、すなわち\(n=A/2\)と仮定すると式(7.36)の分子と分母にある\(n\)と\(A\)が打ち消しあって
\begin{align} E_f &=\left(\frac{81}{32}\right)^{1/3}\pi^{2/3}\frac{\hbar^2}{m r_0^2} \left(\frac{1}{4}\right)^{2/3} \\ &=\frac{3 \sqrt[3]{3}}{8} \pi^{2/3}\frac{\hbar^2}{m r_0^2} \tag{7.37}\\ \end{align} となり、\(E_f\)が\(A\)に依存しなくなる。
実際に中性子質量\(m c^2=\)939.6MeV、\(r_0=1.2\)として計算してみると
\begin{align} E_f &=\frac{3 \sqrt[3]{3}}{8} \pi^{2/3}\frac{(\hbar c)^2}{m c^2 r_0^2} \\ &=\frac{3 \sqrt[3]{3}}{8} \pi^{2/3}\frac{197^2}{939.6^2 \times 1.2^2} \\ &=33.3\; \mathrm{MeV} \tag{7.38}\\ \end{align} が得られる。図10(b)ではフェルミガス模型のエネルギーの基準点を原子核の平均ポテンシャルの底に合わせている。その場合、ポテンシャル深さを\(V_0\)とすると\(V_0-E_f\)がゼロエネルギーから測ったフェルミエネルギーの値になる。\(V_0\)を40MeVと仮定すると \begin{align} V_0 - E_f = 40 - 33.3 = 6.7\; \mathrm{MeV} \end{align} となる。このエネルギーは原子核から1個の中性子を引き剥がすエネルギー(中性子結合エネルギー)に相当する。実際、中重核の中性子結合エネルギーは、7MeV程度なのでよく一致する。

図11 フェルミガス模型の準位密度式の因子\(E^{-5/4} \exp (2\sqrt{a E } )\)
を異なる\(a\)に対してプロットしたもの
\begin{align} \rho(E) &= \frac{6^{1/4}}{12} \frac{g_0}{(g_0 E)^{5/4}} \exp \left[2\left(\frac{\pi^2}{6}g_0E \right)^{1/2}\right] \tag{7.39} \\ \end{align} ここで陽子数と中性子数は等しいと仮定している。等しくない場合には式(7.39)に補正が加えられる。ただし補正量は小さい。また、\(g_0\)はフェルミエネルギーにおける一粒子準位密度であり、陽子準位密度と中性子準位密度の和を表している。次のように近似できる。
\begin{align} g_0 \sim \frac{3}{2} \frac{A}{E_f} \tag{7.40} \\ \end{align} 式(7.39)の指数関数の中の係数を以下で定義する定数\(a\)
\begin{align} a = \frac{\pi^2}{6}g_0 \tag{7.41} \\ \end{align} を用いると式(7.39)の準位密度関数は
\begin{align} \rho(E) = \frac{\sqrt{\pi}}{12}\frac{ \exp (2\sqrt{a E } )}{a^{1/4}E^{5/4}} \tag{7.42} \\ \end{align} となる。この式から準位密度の励起エネルギーに対する増加率は\(a\)という一つのパラメータが決めていることが分かる。特に\(\exp(2\sqrt{aE})\)はフェルミガスモデルのエネルギー依存性を特徴づける因子なので忘れずに覚えておいてほしい。図11に異なる\(a\)に対してプロットした\(E^{-5/4} \exp (2\sqrt{a E } )\)を示す。\(a\)が大きくなると準位密度のエネルギーに対する増加率が大きくなることが分かる。
ここで温度を導入しておくと後の議論で便利である。温度\(T\)は熱力学的に以下のように定義される。
\begin{align} \frac{1}{T} = \frac{\partial S}{\partial E} \tag{7.43} \\ \end{align} ここで\(S\)はエントロピーである。エントロピー\(S\)と準位密度\(\rho\)の関係はボルツマンの公式より以下のように関係づけられる。
\begin{align} S = \ln \rho \tag{7.44} \\ \end{align} 式(7.44)に式(7.42)のフェルミガス模型の準位密度を代入すると
\begin{align} S = \ln \rho(E) = 2 \sqrt{a E} - \frac{5}{4} \ln E + \ln \frac{\sqrt{\pi}}{12} - \frac{1}{4} \ln a\\ \end{align} となり、式(7.43)より温度\(T\)は
\begin{align} \frac{1}{T} &= \sqrt{\frac{a}{E}} - \frac{5}{4} \frac{1}{E} \tag{7.45} \\ \therefore T &= \frac{E}{\sqrt{aE} - \frac{5}{4}}\\ \end{align} となる。
5. 定温度模型
フェルミガスモデルは、原子核内の核子が自由粒子であることを前提としている。原子核の励起エネルギーが高ければ、この近似はよく成り立つ。しかし、励起エネルギーが低いと核子同士の相関が強く働くため回転や振動などの集団運動的な励起が強く現れ、自由粒子的な描像は成り立たない。したがって、式(7.42)は低エネルギー励起の準位密度を記述するのに適していない。そこで、励起エネルギーが低い場合の準位密度関数を与える模型が必要となる。よく使われているのが、ここで紹介する定温度模型(Constant Temperature Model)である。図11から分かるようにフェルミガス模型では\(E \sim 0\)付近を除けば、温度はエネルギーとともに増加する。これは、エネルギーの増加とともに準位密度が急激に増えることを意味している。しかし、前述したように実際の原子核では粒子間の相関が強いため励起エネルギーが低い場合には準位密度は急激に増加しない。これはエネルギーが増加しても緩やかにしか温度が増加しないことを意味する。そこで近似としてエネルギーが増加しても温度が変化しない温度一定の条件を導入する。すなわち
\begin{align} \frac{d S}{d E} = \frac{1}{T} = \rm{一定} \tag{7.46} \\ \end{align} とする。この式を解くとエントロピー\(S\)は
\begin{align} S = \frac{E}{T} + C \tag{7.47} \\ \end{align} となる。ここで\(C\)は積分定数である。ボルツマンの公式から\(S=\ln \rho\)なので
\begin{align} \ln \rho &= \frac{E}{T} + C \tag{7.48} \\ \therefore \rho (E) &= \rho_0 \exp\left(\frac{E}{T}\right) \tag{7.49}\\ \end{align} となり、温度一定としたときの準位密度関数\(\rho\)が得られる。ここで、
\begin{align} \rho_0 &= e^C \tag{7.50}\\ \end{align} である。ここで\(\rho_0\)を慣例に従い以下のように表す。
\begin{align} \rho_0 = \frac{1}{T}\exp\left(-\frac{E_0}{T}\right) \tag{7.51} \\ \end{align} 式()を式()に代入すると\(\rho(E)\)は次のようになる。

図12 107Agの0.5 MeVあたりの励起準位の
数を励起エネルギーの関数としてプロット
では、次に実際の原子核の準位密度に定温度模型が適用できるのか見てみよう。例として図12に実験で観測された107Agの励起準位の数を励起エネルギーの関数として対数プロットしたものを示す。データは0.5 MeV刻みのヒストグラムとなっている。つまり0.5 MeV毎に含まれる準位の数である。1から3 MeVの領域で準位密度が指数関数的に増加していることが分かる。ちなみに3 MeV以上で準位数が急激に減少するが、これは実際に離散準位がなくなっているわけではない。励起エネルギーが高くなるにつれて実験での観測が困難となるため、測定されていない準位が増えているだけである。これは見かけ上の減少にすぎない。とにかく、3 MeV付近までの準位の欠損の少ないエネルギー領域では、準位密度は指数関数で表される定温度模型の準位密度関数により記述できそうである。式(7.52)の定温度模型の準位密度関数に含まれる2つのパラメータ\(T\)と\(U_0\)は実験値を再現するように決められる。

図13 107Agの励起準位数の累積図(Cumulative plot)
\begin{align} N(E) = \exp\left(\frac{E-E_0}{T}\right) \tag{7.53} \\ \end{align} \(N(E)\)の微分が準位密度\(\rho(E)\)なので計算してみると
\begin{align} \rho(E) = \frac{dN}{dU} = \frac{1}{T} \exp\left(\frac{E-E_0}{T}\right) \tag{7.54} \\ \end{align} となり、もとの式(7.52)が得られた。

図14 113Inからの非弾性散乱中性子スペクトル(参考文献)。
入射中性子エネルギー6.5 MeV、散乱角135\(^{\circ}\)で測定
定温度模型の有用な応用例として複合核反応から放出される低エネルギー中性子のエネルギー分布がある。図14に113Inの非弾性散乱中性子スペクトルを示す。6.5 MeVの中性子を113Inの照射しときに散乱角135\(^{\circ}\)の方向に放出される中性子のエネルギー分布を飛行時間法により計測したものである文献7。中性子エネルギーが低い領域で計数(二重微分断面積)が急激に増加していることが分かる。これは複合核反応の特徴である。
そこで、定温度模型を用いて放出中性子のスペクトル形状を説明してみよう。入射粒子の運動エネルギーを\(E_{\mathrm{in}}\)、反応のQ値を\(Q\)、放出中性子の運動エネルギーを\(E_\mathrm{n}\)、残留核の励起エネルギーを\(E_{ex}\)とするとエネルギー保存の法則より
\begin{align} E_{\mathrm{in}}+Q=E_\mathrm{n}+E_{ex} \tag{7.55} \\ \end{align} である注9。

図15 透過係数および透過係数と中性子エネルギーの積
\begin{align} S(E_\mathrm{n}) \propto v_\mathrm{n} T(E_\mathrm{n}) \rho(E_{ex}) \tag{7.56} \\ \end{align} である。\(v_\mathrm{n}\)は放出中性子の速さである。ある角度に中性子を見出す確率は粒子の数ではなく粒子の流速に比例する。したがって、速さ\(v_\mathrm{n}\)を右辺に乗じている。\(v_\mathrm{n}\)は、\(\sqrt{E_\mathrm{n}}\)に比例するので置き換えると
\begin{align} S(E_\mathrm{n}) \propto \sqrt{E_\mathrm{n}} T(E_\mathrm{n}) \rho(E_{ex}) \tag{7.57} \\ \end{align} となる。
図15に光学ポテンシャルから計算された透過係数\(T(E_\mathrm{n})\)を示す(黒実線)。低エネルギー領域では\(T(E_\mathrm{n})\)は中性子エネルギーに対し\(\sqrt{E_\mathrm{n}}\)のように増加する。実際、\(T(E_\mathrm{n})\)に\(\sqrt{E_\mathrm{n}}\)を乗じてプロットすると増加が直線的になることが分かる(図の青破線)。そこで\(\sqrt{E_\mathrm{n}} T\)を\(E_\mathrm{n}\)に比例するとおく。

図16 蒸発スペクトル
\begin{align} \rho(E_{ex}) \propto \exp\left(\frac{E_{ex}}{T}\right) \tag{7.59} \\ \end{align} である。式(7.55)にしたがい\(E_{ex}\)を\(E_\mathrm{n}\)で表すと
\begin{align} \rho(E_{ex}) &\propto \exp\left(\frac{E_{\mathrm{in}}+Q-E_\mathrm{n}}{T}\right) \\ &\propto \exp\left(-\frac{E_\mathrm{n}}{T}\right) \tag{7.60} \end{align} となる。
式(7.58)と式(7.60)を式(7.57)に代入すると
\begin{align} S(E_\mathrm{n}) &\propto E_\mathrm{n} \exp\left(-\frac{E_\mathrm{n}}{T}\right) \tag{7.61} \\ \end{align}

図17 図14の計数を中性子エネルギーで除したスペクトル
式(7.61)と図16から分かるように、これは何のことはない、マクスウェル分布である。複合核反応の研究の初期に複合核からの中性子の放出を熱い物体からの粒子の蒸発のアナロジーとして説明する蒸発模型が提唱された。蒸発模型では、温度\(T\)の物体から蒸発した粒子の速度分布つまりマクスウェル分布を用いて中性子スペクトルのエネルギー依存性を説明する。また、図16のような形状の低エネルギー中性子スペクトルを蒸発スペクトルと呼ぶ。実際の中性子スペクトルがどれくらい式(7.61)で説明できるかは、式(7.61)の\(S(E_\mathrm{n})\)を\(E_\mathrm{n}\)で割って片対数プロットしてみればよい。式(7.61)に従うのであれば直線になるはずである。図14の中性子スペクトルを\(E_\mathrm{n}\)で割ってプロットしたものを図17に示す。2.5 MeV付近までの低エネルギー領域で直線的になっており、式(7.61)の蒸発スペクトルでエネルギー依存性を表すことができることが分かる。
6. 角運動量を考慮した準位密度
ここまで原子核準位の励起エネルギーについての準位密度を議論してきたが、原子核の励起準位は様々な角運動量を取りうる。したがって、角運動量についての準位密度も考える必要がある。フェルミガス模型において励起エネルギー\(E\)、角運動量\(J\)の準位密度\(\rho(E,J)\)は次の式で与えられる。\begin{align} \rho(E,J) = \frac{\sqrt{\pi}}{12} \frac{\exp(2\sqrt{aE})}{a^{1/4}E^{5/4}} \frac{(2J+1)\exp\left[-(J+\frac{1}{2})^{2}/2\sigma^{2}\right]}{2\sqrt{2\pi}\sigma^{3}} \tag{7.62} \end{align}

図18 準位密度の角運動量依存因子\(f(J)\)
\begin{align} f(J) = \frac{(2J+1)\exp\left[-(J+\frac{1}{2})^{2}/2\sigma^{2}\right]}{2\sqrt{2\pi}\sigma^{3}} \tag{7.63} \end{align} である。\(f(J)\)と式(7.39)の\(\rho(E)\)を用いて\(\rho(E,J)\)を書き直すと
\begin{align} \rho(E,J) = \rho(E) f(J) \tag{7.64} \end{align} となる。
式から分かるように\(f(J)\)の形は定数\(\sigma\)が決めている。\(f(J)\)は図18に示すように\(J=\sigma\)付近(正確には\(J=\sigma-1/2\))で最大となる関数である。\(\sigma\)は次式で与えられ、励起エネルギー\(E\)の関数となっている。
\begin{align} \sigma^2 = g_0 \langle m^2 \rangle \sqrt{\frac{E}{a}} \tag{7.65} \end{align} ここで\(a\)は準位密度パラメーター、\(g_0\)は式(7.42)に出てきたフェルミエネルギーにおける一粒子準位密度である。\(\langle m^2 \rangle\)はフェルミエネルギーにおける一粒子準位の磁気量子数の二乗平均である注10。
式(7.65)から\(\sigma\)は励起エネルギーとともに増加する。すなわち励起エネルギーが大きくなるほど励起状態は大きな角運動量を持てるようになる。これは直感的にも矛盾しない。式(7.41)から\(g_0\)は\(a\)の関数として書き表せて
\begin{align} g_0 = \frac{6}{\pi^2}a \tag{7.66} \end{align} である。また、\(\langle m^2 \rangle\)は質量数\(A\)の関数として
\begin{align} \langle m^2 \rangle = 0.146 A^{2/3} \tag{7.67} \end{align} と近似できることが知られおり、式(7.66)と(7.67)を式(7.65)に代入すると
\begin{align} \sigma^2 = \frac{6}{\pi^2}a \times 0.146 A^{2/3} \sqrt{\frac{E}{a}} = 0.0888 A^{2/3} \sqrt{a E} \tag{7.68} \end{align} が得られる。
ここで、\(\rho(E,J)\)から\(\rho(E)\)が得られることを確認しよう。\(\rho(E,J)\)を全ての\(J\)の状態数について足し合わせれば、\(\rho(E)\)が得られるはずである。ただし、ここで気をつけなくてはならないのは、各\(J\)に\(2J+1\)個の磁気量子数が許されることである。したがって、\(\rho(E)\)を求めるには式(7.62)に\(2J+1\)をかけて足し合わせなくてはならない。すなわち
\begin{align} \sum_{J} (2J+1)\rho(E,J) = \sum_{J} (2J+1)\rho(E)f(J) = \rho(E)\sum_{J} (2J+1)f(J) \tag{7.69} \end{align} である。\(J\)についての和を積分で近似すると
\begin{align} \sum_{J} (2J+1)f(J) &\simeq \int_{0}^{\infty} (2J+1)f(J) dJ \\ &= \int_{0}^{\infty} \frac{(2J+1)^2\exp\left[-(J+\frac{1}{2})^{2}/2\sigma^{2}\right]}{2\sqrt{2\pi}\sigma^{3}} dJ \tag{7.70} \end{align} となる。この積分を実行するために、\(x = J + 1/2\) と置換すると \(dx = dJ\) 、\((2J+1) = 2x\) 、\((2J+1)^2 = 4x^2\) となる。したがって、上記の積分は
\begin{align} &= \int_{0}^{\infty} \frac{4x^2}{2\sqrt{2\pi}\sigma^{3}} \exp\left( -\frac{x^2}{2\sigma^2} \right) dx \\ &= \frac{2}{\sqrt{2\pi}\sigma^3} \int_{0}^{\infty} x^2 \exp\left( -\frac{x^2}{2\sigma^2} \right) dx \tag{7.71} \end{align} となる。式(7.71)の積分はよく知られたガウス関数の分散の積分なので公式から
\begin{align} \int_{0}^{\infty} x^2 \exp\left( -\frac{x^2}{2\sigma^2} \right) dx = \frac{\sqrt{2\pi}}{2} \sigma^3 \tag{7.72} \end{align} となる。もとの積分式(7.71)に代入すると積分の前の係数と打ち消し合い、ちょうど1となることが分かる。
\begin{align} \int_{0}^{\infty} \frac{(2J+1)^2\exp\left[-(J+\frac{1}{2})^{2}/2\sigma^{2}\right]}{2\sqrt{2\pi}\sigma^{3}} dJ = \frac{2}{\sqrt{2\pi}\sigma^3} \frac{\sqrt{2\pi}}{2} \sigma^3 = 1 \tag{7.73} \end{align} すなわち式(7.62)の\(J\)に関する総和が\(\rho(E)\)となることが確認できた。すなわち
\begin{align} \sum_{J} (2J+1)\rho(E,J) \simeq \rho(E) \tag{7.74} \end{align} である。
7. 2つの準位密度関数の接続
ここまでの議論で原子核の準位密度の計算には、励起エネルギーに応じて準位密度関数のモデルを使い分けるのが良いことが分かった。すなわち、励起エネルギーが低い場合には定温度模型、高い場合にはフェルミガス模型が準位密度の計算に適している。定温度模型の準位密度を\(\rho_c\)、フェルミガス模型の準位密度を\(\rho_f\)とすると既に求めたように準位密度公式は以下のようになる。\begin{align} \rho_c(E) &= \frac{1}{T} \exp\left(\frac{E-E_0}{T}\right) \tag{7.75} \\ \rho_f(E) &= \frac{\sqrt{\pi}}{12}\frac{ \exp (2\sqrt{a E } )}{a^{1/4}E^{5/4}} \tag{7.76} \\ \end{align} これらの公式を実際の計算に使うには\(a\)や\(E_0\)といったパラメーターを実験から求められた準位密度を再現するように決定する。また、2つの準位密度関数を適当なエネルギー点で連続的に接続してやる必要がある。そこで、ここでは接続方法としてよく採用されているGilbert Cameronの方法を紹介しよう文献8。
まず、測定値と比較する準位密度関数を再定義する。というのも、式(7.78)の準位密度は、式(7.77)の導出で見たように磁気量子数(角運動量の方向)を考慮している。しかし、実験では励起準位の磁気量子数による違いは観測できないため(すなわち縮退している)、測定で得られる準位数は磁気量子数分の数が含まれないものとなる。したがって、角運動量を考慮した準位密度\(\rho(E,J)\)から、エネルギーのみの準位密度関数を求める際には\(2J+1\)を掛けずに\(J\)についての総和をとらなくてはならい。この観測可能な準位密度(observable level density)を\(\rho_f'(E)\)とすると
\begin{align} \rho'_f(E) = \sum_{J} \rho(E,J) = \frac{\sqrt{\pi}}{12}\frac{ \exp (2\sqrt{a E } )}{a^{1/4}E^{5/4}} \sum_{J} f(J) \tag{7.77} \end{align} となる。式(7.70)と同様に総和を積分で近似すると
\begin{align} \sum_{J} f(J) = &\simeq \int_{0}^{\infty} f(J) dJ \\ &= \int_{0}^{\infty} \frac{(2J+1)\exp\left[-(J+\frac{1}{2})^{2}/2\sigma^{2}\right]}{2\sqrt{2\pi}\sigma^{3}} dJ \tag{7.78} \end{align} となる。\(x = (J+1/2)^2\) と置換すると、\(dx = 2(J+1/2)dJ = (2J+1)dJ\) となり、積分範囲の微小なズレ(\(J=0\) のとき \(x=1/4\) となる点)を近似的に \(0\) からとすると
\begin{align} &\simeq \frac{1}{2\sqrt{2\pi}\sigma^3} \int_{0}^{\infty} \exp\left( -\frac{x}{2\sigma^2} \right) dx \\ &= \frac{1}{2\sqrt{2\pi}\sigma^3} 2\sigma^2\\ &= \frac{1}{\sqrt{2\pi}\sigma} \tag{7.79} \end{align} となる。したがって、式(7.80)の観測可能な準位密度\(\rho'_f(E)\)は
\begin{align} \rho'_f(E) = \frac{\sqrt{\pi}}{12}\frac{ \exp (2\sqrt{a E } )}{a^{1/4}E^{5/4}} \frac{1}{\sqrt{2\pi}\sigma} \tag{7.80} \end{align} となる。すなわち、もとの準位密度\(\rho_f(E)\)よりも\(1/\sqrt{2\pi}\sigma\)倍だけ小さくなる。
また、フェルミガス模型は核子同士に相関がないという前提で構築されている。ただ、実際には核子同士には相関があり、特に対相関の効果は無視できない。中性子数および陽子数の偶奇に応じて原子核の結合エネルギーが増減する。そこで対相関による効果を励起エネルギー\(E\)をずらすことで取り込む。中性子および陽子による対相関によるエネルギーシフトをそれぞれ\(P(N)\), \(P(Z)\)とし、これらを差し引いた有効励起エネルギー\(U\)を
\begin{align} U = E - P(N) - P(Z) \tag{7.81} \end{align} で定義する。\(E\)の代わりに\(U\)を式(7.80)で用いる。\(P(N), P(Z)\)は、\(N, P\)が奇数のときにゼロ、偶数のときに有意な値を持つ。
それでは、ここから実際の準位密度決定方法を見て行こう。まず、実験的に得られる準位密度に関する情報は以下の2つである。
- ガンマ線核分光等から得られる低励起エネルギー領域の離散準位
- 中性子共鳴の測定から得られる中性子結合エネルギー近傍の準位密度
\begin{align} N_p = \exp\left(\frac{E_p-E_0}{T}\right) \tag{7.82} \\ \therefore T \ln N_p -E_p + E_0 = 0 \tag{7.83} \end{align} となる。
一方、2は第3章で扱った共鳴の測定から得られる情報である。中性子共鳴は、中性子結合エネルギーから上の複合核の励起準位を見ていることになる。通常、入射中性子エネルギーがmeV\(\sim\)keVの領域に多数の共鳴が存在し、中性子結合エネルギー(通常、\(7\sim8\) MeV程度)から見れば、はるかに狭いエネルギー幅で、言い換えればズームアップして準位を観測していることになる。観測された共鳴の間隔の平均値(平均準位間隔)を算出してやれば、式(7.14)にあるように、その逆数から準位密度が導出できる。
ただし、ここで気をつけなくてはならいのは、低エネルギー中性子共鳴では、入射中性子の軌道角運動量は0(\(s\)波)が支配的なので、生成される複合核準位の角運動量は小さいものに限られる。中性子のスピンを\(\boldsymbol{s}\)、標的原子核のスピンを\(\boldsymbol{I}\)、軌道角運動量を\(\boldsymbol{l}\)とすると全角運動量\(\boldsymbol{J}\)は
\begin{align} \boldsymbol{J} = \boldsymbol{s} + \boldsymbol{I} + \boldsymbol{l} \tag{7.84} \\ \end{align} である。中性子のスピンは\(s=1/2\)、軌道角運動量を\(l=0\)とすると許される\(J\)は
\begin{align} J = I - \frac{1}{2}, I + \frac{1}{2} \tag{7.85} \end{align} の2通りである。したがって、実験で測定される\(s\)波共鳴の平均間隔を\(D_0\)とすると、式(7.62)の\(\rho(U,J)\)との関係は次式のようになる(\(E\)は前述した対相関を考慮した\(U\)で置き換えている)。
\begin{align} \frac{1}{D_0} &= \frac{1}{2} \sum_{J=I-1/2}^{I+1/2} \rho(U, J) \\ &= \frac{1}{2} \frac{\sqrt{\pi}}{12} \frac{\exp(2\sqrt{aU})}{a^{1/4}U^{5/4}} \sum_{J=I-1/2}^{I+1/2} \frac{(2J+1)\exp\left[-(J+\frac{1}{2})^{2}/2\sigma^{2}\right]}{2\sqrt{2\pi}\sigma^{3}} \tag{7.86} \end{align} 右辺のモデルパラメーターは、\(a\)と\(\sigma\)の2つである。\(\sigma\)を式(7.68)から決定し、\(D_0\)が測定から与えられると\(a\)は上式から決まる。
式(7.83)および式(7.86)から定温度模型およびフェルミガス模型のパラメーター\(E_0, T, a\)に拘束条件が与えられ、この条件下で2つの模型の準位密度関数を接続する。接続点のエネルギーを\(E_x, U_x\)とすると
\begin{align} \rho_c(E_x) &= \rho'_f(U_x) \tag{7.87} \\ \end{align} である。
さらに接続点で2つの準位密度関数の熱力学的温度が等しいとする。すなわち、2つの準位密度関数の熱力学的温度をそれぞれ\(T_c\), \(T_f\)とすると
\begin{align} T_c &= T_f \tag{7.88} \\ \end{align} である。フェルミガス模型の温度は式(7.48)で与えられるので
\begin{align} \frac{1}{T_f} &= \sqrt{\frac{a}{U}}-\frac{5}{4U} \tag{7.89} \ \end{align} である。
ちなみに温度の逆数はその定義から
\begin{align} \frac{1}{T} &= \frac{\partial S}{\partial U}= \frac{\partial}{\partial U} (\ln \rho) = \frac{1}{\rho} \frac{\partial \rho}{\partial U} \tag{7.90} \\ \end{align} なので、準位密度の対数微分である。したがって、式(7.91)で温度が等しいとは、準位密度関数の微分係数が等しいということ同じである。すなわち2つの準位密度関数が接続点で滑らかにつながることを意味する。

図19 2つの準位密度関数の接続
\begin{align} U_x = E_x - P(N) - P(Z) \tag{7.91} \end{align} 次に式(7.89)に\(U_x\)を代入すると温度\(T_f\)が求まり、温度の連続条件(7.88)から定温度模型の温度\(T_c\)も等しい値となる。今度は\(T_c\)を式(7.83)に代入してやれば、次式のように\(E_0\)が求まる。
\begin{align} E_0 = E_p - T_c \ln N_p \tag{7.92} \end{align} これで、\(a, T, E_0\)という3つのモデルパラメーターが一意に決定される。
例として、Gilbert Cameronの方法で決定された準位密度関数の例を図19に示す。原子核は\(^{148}\)Smである。定温度模型の準位密度(青線)とフェルミガス模型の準位密度(赤線)を6MeVで接続している。それぞれの準位密度関数を接続点より先に延長した線を点線で表している。2つの準位密度関数が接続点で滑らかにつながっていることが分かる。参考に使用したパラメーターを以下に示す。
\begin{align} a = 19.18\; \mathrm{MeV},\; T = 0.54\; \mathrm{MeV},\; E_0 = 0.70\; \mathrm{MeV},\; E_x = 6.0\; \mathrm{MeV},\; \sigma = 4.6 \end{align}
8. 準位密度パラメーターの系統性
決定したパラメーター\(a\)は質量数に対し系統的な依存性を示す。図20に\(a\)の質量数に対するプロットを示す。全体的な傾向として、\(a\)は質量数\(A\)の増加に伴って増加する。この増加傾向は概ね\(A/8\)程度であるため、参考として\(a=A/8\)の線を青線で示した。ただし、単純な比例関係からの周期的な逸脱も確認できる。特に質量数が132や208付近で\(a\)が局所的に減少している。この減少は原子核の殻構造に起因するものである。陽子数\(Z\)や中性子数\(N\)が魔法数(2, 8, 20, 28, 50, 82, 126)になると原子核は閉核構造となり準位密度が減少する。質量数\(132\)は\(Z=50, \;N=82\)、質量数\(208\)は\(Z=82,\; N=126\)の二重魔法数に相当する。

図19 準位密度パラメーター\(a\)の質量数依存性
変形していない原子核に対して
\begin{align} \frac{a}{A} = 0.00917 S + 0.142\; [\rm{MeV}^{-1}] \tag{7.93} \end{align} 変形した原子核に対して
\begin{align} \frac{a}{A} = 0.00917 S + 0.120\; [\rm{MeV}^{-1}] \tag{7.94} \end{align} ここで\(S\)が殻効果を表している。\(S\)はさらに陽子と中性子からの寄与\(S(Z)\), \(S(N)\)に分離でき、その和で表される。
\begin{align} S = S(Z) + S(N) \tag{7.95} \end{align} 具体的な\(S(Z)\)と\(S(N)\)の値は、数値データとして与えられる。
さらに彼らは接続点\(U_x, E_x\)の系統式も与えている。
\begin{align} U_x &= 2.5 + \frac{150}{A} \;\; (\rm{MeV}) \tag{7.96}\\ E_x &= U_x + P(Z) + P(N) \;\; (\rm{MeV}) \tag{7.97} \end{align} 接続点が与えられれば式(7.92)から温度\(T\)が決まり、接続条件から\(U_0\)も決まる。
\begin{align} E_0 = E_x - T \ln \left(T \rho'_f(U_x)\right) \tag{7.98} \end{align} このような系統式を与える意義は、測定することのできない核種の準位密度関数が予測可能になることである。現在では、準位密度関数の模型や系統式の精緻化が進み、予測精度も向上している。代表的な模型として、Gilbert-Cameron模型の他にバックシフト型フェルミガス模型(Back-Shifted Fermi Gas Model)や一般化超流動模型(Generalized Superfluid Model)が提唱されている。また、模型パラメーターについてもIljinovらやMengoni-Nakajimaによって改良がなされてきた。近年では、計算資源の進歩にともない、Gilbert-Cameron模型やバックシフト型フェルミガス模型のような半経験模型ではなく、微視的計算に基づいた準位密度の導出も盛んに行われている。
9. 統計模型計算を行う核反応計算コード
以上の通り、統計模型の理論的枠組みおよび準位密度関数について説明を行った。これで統計模型の計算を行うための準備が整ったことになる。準位密度関数と光学ポテンシャルから計算された透過係数を式(7.18)に代入することで、実際の統計模型計算が実行される。これまでに統計模型計算を行う多くのコードが開発されており、代表的なものとして、TALYS, CCONE, EMPIRE, CoH3, POD, GNASHなどが挙げられる。現在、これらのコードの多くは、この章で述べた統計模型計算だけではなく、前平衡過程や直接反応からの寄与も考慮し、より包括的に原子核反応の断面積が算出できるよう改良が進められている。
最後に、統計模型を学ぶのに便利なWebサイトを紹介する。IAEA(国際原子力機関)の核データセクションは、TALYSをWeb上で実行できるサイト TTALYSworld を公開している。入射粒子、標的核種、入射エネルギーを指定するだけで、様々な反応チャンネルの断面積を計算してくれる。また、光学ポテンシャルや準位密度の変更もサイトのオプションボタンから可能になっており、本格的な計算にも対応している。まずは手軽に統計模型計算を試してみたいという場合に非常に便利である。
注釈
-
4章の式(4.15)から共鳴の散乱幅は
\begin{align}
\Gamma_{sc} = \frac{2k}{\left. \frac{dF}{dE}\right|_{E_R}}
\end{align}
である。
\begin{align}
k = \frac{\sqrt{2 m E}}{\hbar}
\end{align}
なので
\begin{align}
\Gamma_{sc} \propto \sqrt{E}
\end{align}
となり、散乱幅は中性子エネルギーの平方根に比例する。すなわち、中性子エネルギーとともに増加する。
- ただし、\(s\)波の場合であることに注意。\(p\)波以上を含めた一般の場合には以下のようになる。
\begin{align} \sigma_c = \frac{\pi}{k^2} \sum_{l=0}^{l_{\rm{max}}} (2l+1) \end{align} ちなみに上式の総和を計算すると \begin{align} = \frac{\pi}{k^2} (l_{\rm{max}}+1)^2 \end{align} もし原子核が半径\(R\)の明確な境界を持っているとすれば、角運動量の最大値\(l_{\rm{max}}\)は \begin{align} l_{\rm{max}} = kR \end{align} である。これをもとの式に代入すると \begin{align} \sigma_c &= \frac{\pi}{k^2} (kR+1)^2 \\ &= \pi (R+\frac{1}{k})^2 \\ &= \pi (R+\frac{\lambda}{2\pi})^2 \end{align} となる。すなわち原子核半径に中性子の波長程度分の長さを足した半径を持つ円の面積になる。入射中性子のエネルギーが大きくて波長が原子核半径よりもずっと小さい場合は、\(\pi R^2\)となり原子核の幾何学的断面積になる。一方、中性子エネルギーが低く波長が非常に長い場合は、原子核半径は無視できて\(\lambda/(2\pi)\)を半径とする円の面積となる。 - 後述の準位密度関数の説明で出てくる温度\(T\)と混同しないよう注意
- ここでの議論は全て重心系の運動エネルギーであることに注意。第2章の運動学で述べたように入射粒子のエネルギーを
- 歴史的な慣習として、軌道角運動量が0を\(s\)、1を\(p\)、2を\(d\)、3を\(f\)と呼ぶ。それ以降はそのままアルファベット順に\(g, h, i\)と続く。
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- 準位が角運動量\(J\)を持つとすると、\(2J+1\)個の磁気量子数をを取ることができるので、その数だけ核子が状態を占有できる。
- 厳密には重心系のエネルギーで議論しなくてはならないが、標的核と残留核は十分重いとしてそれらの持つ運動エネルギーは無視した。
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参考文献
- W. Hauser and H. Feshbach, Pysidal Review, 87, 366-373 (1952).
- N. Bohr, Nature, 137, 344–348 (1936).
- R. R. Roy and B. P. Nigam, Nuclear Physics: Theory and Experiment, John Wiley & Sons (1967). 日本語版 ロイ、ニガム 「原子核物理学」紀伊国屋書店、統計モデルは第1巻の第6章を参照.
- 河野俊彦, 核データニュース, No. 117, p. 65 (2017).
- 河野俊彦, 核データニュース, No. 121, p. 30 (2018).
- A. Bohr and B. R. Mottelson, Nuclear Structure Volume I, W. A. Benjamin Inc. (1969). 日本語版 中村誠太郎 監修 有馬朗人、市村宗武、久保寺国晴 共訳「原子核構造 1 単一粒子運動」 講談社 1969年. 第2章にフェルミガス模型の準位密度関数の説明がある。
- A Gilbert and A. G. W. Cameron, Canadian Journal of Physics 43, 1446 (1965).