研究内容について

目次

片渕研究室でやっていること

片渕研究室では、加速器から発生する中性子ビームやガンマ線をはじめとした各種放射線を用いて、原子核反応の精密計測や新しい検出システムの開発を行っています。原子核物理の基礎的な探求にとどまらず、得られた知見や実験技術を実社会に役立てる「工学的な応用展開」に注力している点が大きな特徴です。以下で紹介するように、原子力、医学、核セキュリティ、宇宙など、広範な分野に研究を展開しています。加速器・放射線計測の確かな技術を土台に、未来の課題解決につながる多彩な応用研究を切り拓いています。

長寿命放射性廃棄物の核変換処理のための核データ研究

原子力発電所から排出される使用済み核燃料には、半減期が数万年から数十万年を超える長寿命の放射性核種が含まれており、その安全な低減・減容化および地層処分の負担軽減が国際的な重要課題となっています。そこで、これら長寿命核種に中性子を照射して核分裂や中性子捕獲反応を起こし、短寿命または安定な核種へと変える「核変換システム」の開発が進められています。特に有望な核変換システムとして高速炉や加速器駆動炉(ADS)が研究されています。

核変換システムを高精度かつ安全に設計・評価するためには、ネプツニウム(Np)やアメリシウム(Am)などのマイナーアクチニド(MA)や、テクネチウム99(99Tc)、ヨウ素129(129I)などの長寿命核分裂生成物(LLFP)の中性子核データが必要不可欠です。しかし、これらは強い放射能を持つ希少な放射性核種であるため試料の入手が難しく、また、強い自己放射線が測定の大きな妨げとなるため、従来の実験データは要求精度を満たしていないか、未測定のものが多く残されています。

片渕研究室では、大強度陽子加速器施設(J-PARC)の中性子核反応測定装置(ANNRI、下図参照)を利用したプロジェクトに参画し、J-PARCの核破砕中性子源からの高強度中性子ビームを用いた革新的な中性子捕獲断面積測定を進めています。日本原子力研究開発機構核データ研究グループや京都大学複合原子力科学研究所などと緊密に連携し、ANNRIの建設段階からプロジェクトに関わっています。

片渕研では、これまでにJ-PARCの中性子ビームを用いて237Npや243Am等のMA核種、99Tcや107Pd等のLLFP核種の中性子捕獲断面積測定に成功しています。

中性子核反応測定装置(ANNRI) 中性子核反応測定装置(ANNRI)

ホウ素中性子捕捉療法のための線量イメージングシステム開発

BNCTの原理 BNCTの原理
 ホウ素中性子捕捉療法(BNCT: Boron Neutron Capture Therapy)は、中性子とホウ素の同位体10Bが引き起こす原子核反応(n+10B→α+7Li)を利用したがん治療法です。がん細胞に選択的に集積するホウ素化合物を投与した上で中性子ビームを照射すると、核反応によって生じたα粒子と7Li原子核が高い運動エネルギーを持ってがん細胞を破壊します。これらの粒子の飛程は生体内で約10 μm(細胞1個分程度)と極めて短いため、周囲の正常細胞へのダメージを最小限に抑えつつ、外科手術での完全切除が難しい悪性脳腫瘍(神経膠芽腫など)や頭頸部がんなどの浸潤性がんを選択的に治療できる手法として大きな期待を集めています。

 近年は病院併設が可能な加速器中性子源の開発が進み、BNCTの実用化・普及が加速していますが、線量評価の面において大きな課題が存在します。従来の線量評価は、照射前のPET画像に基づく体内ホウ素濃度推定や計算機シミュレーションなど、複数の間接的データを組み合わせて行われており、患者体内の代謝変動などによる不確かさを避けられませんでした。中性子照射中に「患者体内のどこでどれだけの核反応が起きたか」をリアルタイムかつ直接的に計測するオンライン線量評価システムの実現が強く求められています。

PG-SPECTの原理  この課題を解決するため、片渕研究室では中性子核反応からの即発ガンマ線(Prompt Gamma-ray: PG)を用いた単光子放射断層撮影システム「PG-SPECT」の開発を行っています。n+10B→α+7Li反応からは、7Liの脱励起に伴う478 keVの即発ガンマ線が放出されます。この478 keVガンマ線の発生分布をコリメータと放射線検出器によって構成されたPG-SPECTシステムによりガンマ線放出分布の射影像を測定し、三次元的に画像再構成(イメージング)できれば、患部における核反応率の分布、すなわち局所的な吸収線量分布を直接評価することが可能になります。

PG-SPECTイメージ PG-SPECTイメージ
 実際の中性子照射場には、生体中の水素による2.22 MeVの捕獲ガンマ線や対消滅による511 keVガンマ線など、強いバックグラウンド放射線が存在します。当研究室では、長年培ってきた加速器中性子実験のノウハウを活かし、高いエネルギー分解能を持つ検出器(CdZnTe検出器やLaBr3検出器)の採用や、BGO検出器を組み合わせたアンチコンプトン法によるバックグラウンド低減などの検証を進めてきました。実験用ファントムを用いた基礎実験を通じ、強バックグラウンド下でも478 keVガンマ線を明瞭に分離・検出し、PG-SPECTによるオンライン線量評価が実現可能であることを実験的に示しています。今後は実機化に向けた検出器の高度化や遮蔽設計など、工学的・医療応用的な開発を進めています。

高エネルギーガンマ線を用いた核物質探知技術の開発

ウランの光核分裂断面積 ウランの光核分裂断面積
近年、テロリストや非国家主体による核物質・放射性物質の盗取や原子力施設への攻撃といった脅威への対策(核セキュリティ)は、国際社会における喫緊の課題となっています。特に濃縮ウランは放射能が低いため自然放出される放射線を測る「パッシブ法」での検知が難しく、外部からプローブを照射して応答を捉える「アクティブ法」による非破壊測定技術(NDA)の開発が強く求められています。ウランなどの核物質は、約6 MeV以上の高エネルギーガンマ線を入射すると「光核分裂反応」を起こし、複数個の高速中性子を放出します。透過力の高いガンマ線と中性子を利用するため、対象物質が遮蔽体に覆われていても検知が可能であり、放出される中性子の多重計測によってバックグラウンドと識別できるほか、入射光子エネルギー依存性を利用したウラン濃縮度の評価も期待されています。

光核分裂を用いた核物質探知
光核分裂を利用する上で最大の鍵となるのが光子源の選択です。従来検討されてきた大型電子加速器による「レーザーコンプトン散乱ガンマ線」は装置が巨大かつ極めて高コストであり、「制動放射ガンマ線」は光子源自体から高エネルギー中性子が発生して測定の大きなノイズとなる問題がありました。そこで片渕研究室では、これまで工学利用がほとんど進んでこなかった陽子-リチウム核反応(p+7Li→8Be+γ)を光子源として用いる新しい手法に着目しました。

この反応には、核物質探知に適した多くの優れた特長があります。第一に、0.44 MeVという低い陽子エネルギーで反応断面積が最大となり、17.6 MeVおよび14.6 MeVという非常に高い準単色のガンマ線が得られる点です。第二に、中性子発生反応(p+7Li→7Be+n)の閾値(1.88 MeV)より低いエネルギーの陽子を用いるため、照射場にプローブ由来の中性子バックグラウンドが一切発生しない「極めてクリーンな低ノイズ環境」を実現できます。さらに、必要な陽子エネルギーが低いため小型加速器でシステムを構成でき、可搬性・経済性に優れたコンパクトな探知システムの構築が可能です。

宇宙における元素合成と中性子核データ

私たちの身の回りにある様々な元素が「いつ、どこで、どのようにして作られたのか」という謎の解明は、現代物理学・天文学における根源的な問いの一つです。ビッグバン直後に生成されたのは水素やヘリウムなどのごく軽い元素に限られており、鉄(Fe)よりも重い重元素のほとんどは、星の内部や超新星爆発、中性子星合体などの天体現象における「中性子捕獲反応」の連鎖によって創り出されたと考えられています。

重元素合成における反応経路 中性子魔法数82近傍の元素合成経路
この重元素合成過程には、中性子捕獲がベータ崩壊よりもゆっくり進行する「s過程(Slow process)」と、短時間に中性子が連続して捕獲される「r過程(Rapid process)」の2つの主要なルートが存在します。特に赤色巨星などの進化末期の恒星内で起きるs過程では、恒星内熱平衡状態(数十keV程度)に対応するエネルギー領域の中性子捕獲断面積が、元素存在比(どの元素が宇宙にどれだけ存在するか)を決める決定的な入力パラメータとなります。

片渕研究室では、ペレトロン加速器等を用いて星の内部環境に相当するkeV領域の中性子ビームを生成し、中重核から重核にわたる各種同位体の中性子捕獲断面積や放出ガンマ線スペクトルの精密測定を行っています。実験によって高精度な原子核データを積み上げることで、天体シミュレーションモデルの精度向上や、太陽系および銀河系における元素進化シナリオの解明に貢献しています。

中性子核反応研究のための新しい検出器の開発

次世代原子炉として注目されている溶融塩炉をはじめとする革新的原子力システムの設計では、中性子捕獲反応だけでなく、炉内を構成する元素(フッ素、塩素、リチウム、カリウムなど)が中性子と反応して陽子やアルファ粒子を放出する「荷電粒子放出反応((n,p)反応や(n,α)反応など)」の断面積データが極めて重要となります。しかし、これらの反応は捕獲反応に比べて測定例が乏しく、既存データは炉心設計の要求精度を十分に満たしていません。

紫外線照射によるシンチレーターの硬化 紫外線照射によるシンチレーターの硬化
従来の測定手法では、真空中で極めて薄い試料ターゲットに中性子を照射し、放出される荷電粒子を外部の半導体検出器で計測していました。しかし、荷電粒子は物質中でのエネルギー損失が大きいため試料を厚くすることができず、検出計数(統計精度)が極めて低くなってしまうという構造的な限界がありました。

この課題を克服するため、片渕研究室では「測定試料をプラスチックシンチレータ内部に直接混合して、試料と検出器を一体化する」という新しい測定手法を開発しました。光硬化性樹脂をベースとすることで、難溶性物質であっても均一に固定化できる作製プロセスを確立し、従来の薄膜試料と比べて約10倍の試料量を搭載して大幅な高統計化を実現しました。

さらに、有機シンチレータの発光減衰時間の差を利用した波形弁別技術(PSD: Pulse Shape Discrimination)を適用することで、強いガンマ線バックグラウンドの中から目的とする荷電粒子シグナルを明瞭に分離・検出することに成功しました。大強度陽子加速器施設 J-PARCのANNRIビームラインや学内のペレトロン加速器での実証試験を経て、革新炉の安全性向上や新しい核反応メカニズムの解明を支える次世代検出器として発展させています。

個々の研究の解説記事