研究内容について

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中性子核データ研究

片渕研究室では中性子が引き起こす原子核反応に関する研究を行っています。中性子核反応データはしばしば中性子核データと呼ばれます(中性子核データについてはページ下を参照)。特に中性子捕獲反応に着目し、その断面積やガンマ線スペクトルを高い精度で測定しています。中性子捕獲反応は中性子が他の原子核に捕獲される反応です。中性子は原子核に吸収され、その結果として質量数の一つ大きい同位体が形成されます。形成された原子核は高い励起状態にあるためにガンマ線を放出して基底状態に落ち着きます。

中性子捕獲反応は原子核工学においては核分裂反応と同じくらい重要な反応です。中性子捕獲反応は核分裂反応と競合することから原子炉などのシステムを設計するには核分裂反応だけではなく、中性子捕獲反応データも必要不可欠です。また、核分裂反応がウランやプルトニウムなどの重い核種でしか起きないのに対し、中性子捕獲反応は軽い核から重い核まで全ての核種で起こります。

中性子核データ研究の最先端のトピックスとして長寿命核種の核変換処理に関連した研究が挙げられます。原子力発電所から排出される使用済み核燃料には長寿命の核種が含まれており、その処理・処分が原子力発電の大きな課題となっています。そこで、長寿命核種を中性子核反応により短寿命もしくは安定核種に変換する核変換システムが提案されています。核変換システムの設計で必要とされる核データは、Np, Am, Cmなどのマイナーアクチニドや99Tc, 129Iなどの長寿命核分裂生成物といった放射性核種であることから測定が難しく、現状の実験データは要求精度を満たしていません(測定すらされていないものも存在します)。これらの核種に対する精度の高い中性子核データ測定が求められています。

片渕研究室では以上の観点から中性子捕獲反応データの測定を行っています。測定は東工大先導原子力研究所のペレトロン加速器や茨城県東海村の大強度陽子加速器施設J-PARCで行っています。特にJ-PARCでは、物質・生命科学実験施設(MLF)の核破砕中性子源からの高強度パルス中性子ビームを利用することができ、これまで困難だった核変換システムの設計で必要とされるような放射性核種の中性子捕獲断面積測定が可能となっています。片渕研究室は日本原子力研究開発機構の核データ研究グループや京都大学原子炉実験所と協力し研究を進めています。片渕研究室がJ-PARCで進めているマイナーアクチニドの中性子捕獲断面積測定は平成29年度から文部科学省の原子力システム研究開発事業として採択され、採択課題「核変換システム開発のための長寿命MA核種の高速中性子捕獲反応データの精度向上に関する研究」として研究開発が進められています。

また、工学分野以外の理学分野でも中性子捕獲反応は重要です。例えば、宇宙元素合成が挙げられます。鉄より重い元素は星の中の中性子捕獲反応によって作られたと考えられています。私たちの宇宙の元素がどうやって形成されたのか、それを理解するためには中性子核データが必要なのです。

ホウ素中性子捕捉療法のための線量イメージングシステム開発

近年、中性子を用いたガン治療が脚光を浴びています。これはホウ素中性子捕捉療法(BNCT)と呼ばれています。これまで治療が難しかった脳腫瘍などに効果を発揮すると期待されています。

BNCTは中性子がホウ素の同位体10Bと起こす原子核反応 n+10B→α+7Liを用います。がん細胞に取り込まれやすいホウ素化合物を患者に投与し中性子ビームを照射します。中性子とホウ素が起こす反応により放出されるα粒子と7Liは高い運動エネルギーを持っているためがん細胞を殺すことができます。また、α粒子と7Liは生体中では10ミクロン程度(細胞1個分程度)の距離で止まるため、ホウ素薬剤を取り込んでいないがん細胞周囲の正常細胞はこれらの高エネルギー粒子によるダメージを受けることがありません。BNCTは、このような細胞レベルの選択性を持つことからがん細胞と正常細胞が複雑に入り組んでしまうような浸潤性のがんに効果があると期待されています。

現在、BNCTを発展される上で照射中の患者の線量を測定する装置の開発が課題となっています。照射中に中性子とホウ素による原子核反応がどこでどれくらい起きているかをモニタする機器の開発が求められています。片渕研究室ではこれまでの研究で培ってきた中性子実験の経験とガンマ線測定技術を生かし、線量イメージングを行う測定装置の開発を行っています。

核理論研究と核データ開発 (石塚知香子助教担当)

片渕研究室ではペレトロンやJ-PARCなどでの実験による中性子核データ取得を中心とした研究の他に、核反応メカニズムの解明や核データ開発に関する理論的な研究にも取り組んでいます。原子力システムで重要となる核反応は核物理分野で研究されるエネルギー領域としては低く、核医学・宇宙物理や天文学と言った応用分野とも深く関連しています。このような低エネルギー領域では実験から十分な知見を得ることが難しい場合が多く、理論的な研究が非常に重要です。また最近ではこれまで整備されてこなかったGeVオーダーの宇宙線との核反応核データの整備も重要な課題となっており、新たな研究課題として私たちも注目しています。

片渕研究室で取り組んでいる理論的な核データ開発研究としては、反応間の関わりの深さを示す共分散の整備とその影響評価、原子力システムの根幹をなす核分裂収率の整備、原子炉ニュートリノを用いた原子炉モニタリングなどが挙げられます。 共分散情報は近年重要度が高まっていますが、私たちは従来手法では計算することもできなかった異なる物理量(例:角運動量と断面積)の間の関わりを定量化できる手法を開発し、遮蔽や深層透過問題で成果をあげています。

以上のような理論的な核データ開発研究の他に、片渕研究室では次世代核データの開発に向けて、核物理モデル(ランジュバン模型・反対称化分子動力学模型)の開発と同時に機械学習モデル(BNN, DNN)の開発にも取り組んでいます。

東工大で開発しているランジュバン模型は、他の模型で困難な核分裂片の生成量と核分裂で生まれるエネルギーの両方を同時に精度良く説明・予測できる唯一の理論模型として世界の核分裂研究をリードしています。核分裂は原子力システムの根幹をなす核反応ですが、金やウランの起源にも深く関係しており、アクチノイドから超重核に亘る私たちの計算結果はIAEAで提供しているTALYSコードにも採用されています。

反対称化動力学模型を用いた研究では、東北大学の小野先生と共同で、癌治療計画の安全性に直結する成果が出ています。機械学習を用いた研究では、ニューラルネットワークの専門家である電通大の植野先生と共同で、実験ではアクセスが困難な中性子エネルギーでの核分裂収率データを整備しています。これらの研究では、いずれの手法でも世界での最高精度の研究成果を挙げられています。このほか中重核におけるクラスター構造やストレンジネス核物理、平均場を用いた核物質なども含む幅広いテーマで核理論研究を行っています。

中性子核データとは

中性子は電荷のない中性粒子で陽子とともに原子核を構成しています。陽子のような電気的反発力を受けないことから容易に原子核に接近し、様々な原子核反応を起こします。中性子が起こす原子核反応に関する物理量は中性子核データと呼ばれています。中性子核データは原子核工学の土台として多くの研究分野を支えています。例えば、原子力発電は中性子がウランの原子核に当たったときに起こす核分裂反応によりエネルギーを生み出しています。また、原子炉は核燃料となるウランだけでできているわけではなく、減速材、制御棒、構造材といった様々な物質によって構成されています。中性子はそれらの物質の原子核に散乱、吸収されます。したがって、原子炉を設計するには中性子による原子核反応の起こりやすさ(断面積という物理量で表現されます)をいろいろな物質について知らなければなりません。原子炉の設計以外にも中性子の遮蔽計算、医療用の放射性同位体の製造といった広い工学分野で中性子核データが必要となります。

これらの応用においては中性子と様々な物質との核反応断面積等の物理量を広いエネルギー領域で系統的にデータベース化した核データライブラリが用いられます。我が国では日本原子力研究開発機構の核データ研究グループ核データライブラリJENDL-4.0を整備しています。

核データライブラリの構築は実験データを基にして行われます。したがって、当然のことながら核データライブラリの信頼度はもととなる実験データの精度に依存しています。現在までに既に数百の核種の核反応データがライブラリに格納されてはいますが、工学的な観点から十分な精度を満たさない多くの核種が存在し、それらの核種に対して高精度の核データ測定が求められています。

核分裂収率データとは

核データライブラリには中性子と原子核の反応断面積などの情報の一つとして、核分裂収率についてのサブライブラリがあります。核分裂収率は核分裂が起きた際にどんな核種がどれだけ生成されるかを示す情報です。一口に核データと言っても多岐にわたりますが、核分裂収率データは最もユーザが多く、適用範囲の広い核データです。

特に長寿命核分裂生成物や核分裂で生じる135Xeのような中性子毒の量は核分裂収率データとしてライブラリに納められています。そのため核分裂収率データは新たな原子炉の設計や放射線遮へい設計、バックエンド評価を行う際に欠かせない最も基礎的なデータの一つになっています。我が国が開発してきた核データライブラリの最近版JENDL-5では私たちが国内で初めて独自評価した核分裂収率の情報が使われています。

個々の研究の解説記事